鉄骨番長
2009年夏にオープンした富士急ハイランドの絶叫アトラクション「鉄骨番長」は、印象的なCMと工事現場を思わせるデザインにより、デビュー以来富士急ハイランドの目玉のひとつになっている。だが、このアトラクション、爽快系のアトラクションだった!? 企画・宣伝・現場が一体となって作り上げた鉄骨番長ブランドの秘密に迫る。
鉄骨番長 実施までの流れ

プロジェクトスタッフ

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富士急行株式会社 交通事業部 課長
(開発当時は、企画部)
奥田壮一 Okuda Soichi
2006年入社。鉄道一筋の仕事人生の中で、突然訪れた人事異動で企画部へ。その後、鉄骨番長の企画全般を任されることに。ネーミングやデザインから、安全対策、国土交通省への許認可、さらには施工現場での監理に至るまで、あらゆる局面で、人生初となる仕事をこなしたという。

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株式会社富士急ハイランド 企画部 部長
早川優 Hayakawa Masaru
1991年入社。富士急ハイランドの企画部次長として、鉄骨番長では雑誌やテレビなどのプロモーションとオープニングイベントを担当。雑誌やテレビの取材のための日程が確保できず、ほとんどのマスコミ取材が通常営業時にお客様が利用している状況で行われ、その対応に苦労したという。

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富士急行株式会社 営業推進室 係長
(開発当時は、企画部広報宣伝担当)早川次郎 Hayakawa Jiro
2002年入社。広報宣伝担当として、「ヱヴァンゲリヲン:ワールド」、「富士芝桜まつり」、「イルミリオン」などを担当。「鉄骨番長」では、本来の業務である広報・宣伝以外にも、カラーリングやネーミング、コンセプトワークにも参加。現場、企画、宣伝が一致団結して取り組んだ鉄骨番長の企画からは学ぶところが多かったという。

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富士急行株式会社 企画部 課長
宮尾哲也 Miyao Tetsuya
1997年入社。数々の新アトラクションの開発に携わってきたベテラン企画マン。「鉄骨番長」では、奥田さんの上司として企画開発のさまざまな業務をサポート。今回の企画では、お客様に伝わりやすいコンセプト作りがいかに大事かを学んだという。





