プロジェクトストーリーProject Story

Project Story 02

鉄骨番長

インパクト抜群の鉄骨番長は
こうしてできあがった

Project members

早川 優  Masaru Hayakawa

早川 優
Masaru Hayakawa

株式会社ピカ 出向
(開発当時は(株)富士急ハイランド出向)
1991年入社

富士急ハイランドの企画部として、鉄骨番長では雑誌やテレビなどのプロモーションとオープニングイベントを担当。雑誌やテレビの取材のための日程が確保できず、ほとんどのマスコミ取材が通常営業時にお客様が利用している状況で行われ、その対応に苦労したという。

宮尾 哲也  Tetsuya Miyao

宮尾 哲也
Tetsuya Miyao

富士急行株式会社
企画部
1997年入社

1997年入社。数々の新アトラクションの開発に携わってきたベテラン企画マン。「鉄骨番長」では、奥田さんの上司として企画開発の様々な業務をサポート。今回の企画では、お客様に伝わりやすいコンセプト作りがいかに大事かを学んだという。

奥田 壮一 Soichi Okuda

奥田 壮一
Soichi Okuda

ハイランドリゾート株式会社 出向
(開発当時は企画部)
2006年入社

2006年入社。鉄道一筋の仕事人生の中で、突然訪れた人事異動で企画部へ。その後、鉄骨番長の企画全般を任されることに。ネーミングやデザインから、安全対策、国土交通省への許認可、さらには施工現場での監理に至るまで、あらゆる局面で、人生初となる仕事を経験したという。

インパクト抜群の鉄骨番長はこうしてできあがった。

2009年夏にオープンした富士急ハイランドのアトラクション「鉄骨番長」は、
印象的なCMと工事現場を思わせるデザインにより、デビュー以来富士急ハイランドの目玉の一つになっている。
だがこのアトラクション、実は絶叫系ではなく、爽快系のアトラクションだった。
企画・宣伝・現場が一体となって作り上げた鉄骨番長ブランドの秘密に迫る。

Concept

大衆車を高級スポーツカーに変えるブランドマジック。

富士急ハイランドでは、5年に1度、数十億円という大型の「絶叫系」アトラクションを投入しているが、「鉄骨番長」はそのサイクルとは別の「爽快系」のアトラクションである。日本では初登場の機種であるが、世界では10番目の導入であり、それほど珍しいアトラクションではなかった。「自動車でいえば大衆車を、デザインや演出でいかに高級スポーツカーのような魅力づけを行うかが、この鉄骨番長企画の醍醐味でした」(奥田)。このアトラクションで最初に決まったのは、カラーリングだ。工程上、カラーリングを最初に決めなければならなかったのだ。そこで企画チームから提案されたのが黄色と黒の工事現場を思わせるものだった。「鉄骨番長の外観はクレーンに似ている。工事現場を思わせる黄色と黒の塗装が似合うのではないか?という直感でした」(奥田)。

Planning

Planning

1人100個のネーミングアイデアを社内で出し合う。

黄色と黒が決まった時点で、工事現場風という演出プランも決定したが、ネーミングに関しては難航した。企画部と宣伝部門のスタッフ全員が「1人100個」の候補を出し合いながら「鉄骨番長」というネーミングにたどり着いた。こうした演出やネーミングなどの産みの苦しみの他に、安全性に関する国の許認可にも時間がかかった。このアトラクションのオリジナルの仕様では、安全ベルトが乗客自身によって外されてしまう可能性があり、その対策が求められていた。「何度も検討を重ねた結果、地上の係員が持つ特殊な工具でしか外せないロックをつけることで解決。無事認可を得ることができました。事前協議段階から約1年を要した難事業でした」(奥田)。

工事現場の再現をしながらも、安全性の確保が最重要課題だった。

駅舎(お客様の並ぶエリアの建物)のコンセプトは、工事中のクレーンをイメージし工事現場風となった。工事現場にある「安全第一」に代表されるような看板のパロディで攻めることにしたのだ。駅舎の上のネットも“演出”と捉えられがちだが、これは実は“安全対策”であり、お客様には携帯電話など、落ちる可能性のあるものは持ち込まないようお願いしているが、万が一を想定しての対策も怠らない。「大学以来使っていなかった物理の法則を使ってシミュレーションし、実際に落として検証もしました」(奥田)。あらゆる可能性を考えて危険の芽を摘んでいく。それが安全な遊びを創り出す富士急行のポリシーだ。

Publicity

クリエイターが長年暖めていたマッチョなCG人間登場。

CMプランに関して、様々な企画案を検討する中で出てきたのが、あの不思議なマッチョなCG人間。「あのキャラクターは、実はあるクリエイターが、長年温めていたもので、それを「鉄骨番長」で試してみようということになりました」(宮尾)。富士急ハイランドの広告やCM作りは、広告代理店のクリエイターには受けがいいという。かなり破天荒なこともできるので、モチベーションがあがるのだ。視聴者に多大なインパクトを与えたCMが生まれる背景には、企業同士の長年にわたる信頼関係の構築が不可欠だったのだ。オンエアされたCMのインパクトは予想以上のものがあり、CMの好感度調査で4位を獲得。人気タレントを使っていないにも関わらず、これは快挙といっていい成果。

Debut

Publicity

最大待ち時間は4時間を記録! 大ヒットアトラクションの完成。

オープンはプレス向け内覧会の翌日。今回のアトラクションは爽快系のアトラクションだったため、絶叫系を期待するお客様にどれだけ満足感を与えられるか?ということに関しては未知数だった。しかし、CMが始まってから人気は急上昇して、最大待ち時間は4時間にも達したことがあったという。話題性から人が集まり、1回乗ってみて、その爽快感にリピーターになる。企画チームの心配は、杞憂に終わった。

話題性、営業成績ともに、鉄骨番長は大成功といえる。その要因とは―。「企画部と宣伝部門は、あの頃机を並べて、すごく近いところで仕事をしていました。一体になれ、という会社の方針を忠実に守った結果ですね。もちろん、現場とも密に繋がることができた」(宮尾)。「鉄骨番長のプロジェクトでは、企画、宣伝、現場が密に意思疎通しながら、力を注ぎました」(早川)と口を揃える。「鉄骨番長の企画を通じて学んだことは、コンセプト作りやアレンジを行う視点の重要性です。いくらいいものを作っても、お客様に伝わりにくいものであれば、それは独りよがりなんです」(宮尾)。 関係する各部署のスタッフが緊密に連携を取りながら、ビジョンを共有したこと―“チーム力”が鉄骨番長を成功へと導いたのだった。

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