プロジェクトストーリーProject Story

Project Story 03

さがみ湖リゾート プレジャーフォレスト

イルミリオン

暗闇の中に浮かび上がる光の絨毯!
イルミネーションで冬の遊園地を活性化せよ

Project members

茂手木 祐介  Yusuke Moteghi

茂手木 祐介
Yusuke Moteghi

株式会社ピカ
出向
(開発当時は相模湖リゾート(株)出向)
1996年入社

さがみ湖リゾート プレジャーフォレストの営業担当として、イルミリオンの設置、管理、運営、広報などを指揮。イルミリオンは、冬の間仕事がなくなってしまうパートさんやアルバイトスタッフのためにも、成功させたかったプロジェクト。

星野 加帆  Kaho Hoshino

星野 加帆
Kaho Hoshino

富士急行株式会社
監査室
(開発当時は営業部)
2005年入社

オープン当時は、販売促進部に所属。ツアー団体の誘致、ツアー提案を行っていた。約3000社の旅行代理店に電話攻勢をかけツアーの催行の有無を調査、取扱会社約300社にリリースを配信。イルミリオンの集客に東奔西走した。

古屋 喜正  Yoshimasa Furuya

古屋 喜正
Yoshimasa Furuya

富士急行株式会社
企画部
2006年入社

第一回「さがみ湖イルミリオン」からの企画開発担当として、イルミネーションプランの策定、現地・協力会社との調整、交通インフラ整備に尽力。「絶対に成功させたい!」の一念から、現場での設置作業にも積極的に参加。

暗闇の中に浮かび上がる光の絨毯!
イルミネーションで冬の遊園地を活性化せよ。

冬の間は開店休業状態だったさがみ湖リゾート プレジャーフォレストをイルミネーションで生まれ変わらせる!
コストを抑えるために、チームが選んだ道はイルミネーションを自分たちで設置しようというものだった。
「やるしかない!」という状況に自らを追い込んだプロジェクトチームの奮闘する姿がここにある。

Concept

真っ暗闇だからこそ映えるイルミネーションの輝き。

「さがみ湖イルミリオン」の企画は、さがみ湖リゾート プレジャーフォレストが冬の間は休園同様になってしまうという現状をなんとかしたい、というところからスタートした。首都圏に近いにもかかわらず夜になると街灯一つない、真っ暗闇の中に佇むテーマパーク。この暗闇の中でイルミネーションを点灯したら、都心のイルミネーションよりも映えるのではないか? という逆転の発想。企画が持ち上がったのは2008年の暮れ頃。2009年冬のスタートを目指し、企画部のメンバーは、関東周辺のイルミネーションを手分けして数十カ所視察したという。イルミネーションに使うLED球も、様々なメーカーに連絡しサンプルを取り寄せた。

Planning

Planning

コストがかかる設置と撤去を自分たちでやるという選択。

LEDの球数を、当時としては画期的な100万球にしようと決まったのが2009年の春。「売りにするのは何か?」と考えた時にやはり球数、ということになったのだが、社内でのプレゼンの結果は「NG」。費用がかかりすぎる、という理由だった。だが、どうしても実現させたいという企画部の秘策が、イルミネーションの設置・撤去を自分たちで行い、コストダウンを図るというものだった。イルミネーションの費用の多くを占めるのが、電球の設置と撤去にかかる工賃。それを省くことができれば、大幅なコストダウンが可能になる。

作業中の通電時に、スタッフからあがった歓声で成功を確信。

イルミネーションの敷設は、企画部のメンバーと現地スタッフによって行われることになった。しかも、敷設にかけられる期間はたった3週間。だが、スタッフから弱音が吐かれることはなかった。それは「さがみ湖リゾート プレジャーフォレストを変えるには、これしかない」という思いからだ。冬季に客足が遠のくこの施設では、パートさんやアルバイトスタッフにその間、休んでもらわなければならなかった。イルミリオンができれば、冬の間も一緒に働ける。プレジャーフォレストとしては、なんとしても成功させたい企画だったのだ。毎日15人体制で設置し、雨の日も設置作業を休むことはなかった。そして、一部分を張り終えたタイミングで通電。スタッフの歓声とともに目を見張るような美しさが広がった。全員がこれは行ける!という感覚を共有し、チームの志気はますます上がっていった。

Publicity

レギュラーのツアーが無理でもミステリーツアーがあるじゃないか。

みんなの頑張りもあって、設置は予定より早く完成したが、計画がなかなかまとまらなかったこともあり、宣伝告知は出遅れていた。打開策となったのがJR東日本とのタイアップだった。イルミリオンの人気が出れば、相模湖駅の乗降客が増えるというメリットを提案し、JR東日本の協力を得てJR首都圏のすべての駅にポスターを掲示していただいた。「予想を上回る集客ができたのは、あのポスターと“関東最大級”というキャッチコピーだったのではないかと思っています」(茂手木)。バスツアーの企画も遅れ、イルミリオンのツアーを組むことは難しい状況だったが、一つだけ裏技があった。「各旅行会社のミステリーツアーに組み込んでもらうという営業活動でした。これならツアーの帰り道に寄っていただくことも可能ですし、来場されたお客様への最高のサプライズになりますから」(星野)。

Debut

Publicity

不安の船出から一転、詰めかける自動車の列に感動!

開催一年目の初日はどしゃ降りの雨。オープニング式典の参列者は関係者だけという状況。不安の船出だった。しかし、からっと晴れた翌日からは多くのお客様が来場。「その様子を入口の高台から眺めていたのですが、駐車場へ入る道に自動車のヘッドライトが並び、園内に車がどんどん入ってきた光景を見た時、感動して鳥肌が立ったのを記憶しています」と古屋さんが振り返る。「何よりスタッフの顔が輝いているのがうれしかった。みんな数多くのお客様と出会うことで、仕事をする喜びを感じることができた。最大の収穫です」と茂手木さんの顔がほころんだ。

閑散期の遊園地の集客対策として始まった「さがみ湖イルミリオン」は、毎年演出の改善を行い、現在も成長を続けている。 6年目には球数を関東最大の500万球とし、創意工夫を凝らした新しい演出方法を取り入れたことにより、リピーターや新規顧客を獲得し、過去最高の35万人の集客に成功している。関東最大のビッグイベントとしての地位を確立すべく、これからも「さがみ湖イルミリオン」の新たな挑戦は続く。

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