プロジェクトストーリーProject Story

Project Story 04

トーマスランド
3Dシアター

子供たちが大好きなトーマスランドに、さらに新たな魅力を!

Project members

久保田 晃輔  Kubota Kosuke

久保田 晃輔
Kosuke Kubota

富士急行株式会社 社長室
web戦略担当
(開発当時は企画部)
2007年入社

富士急行の主要プロジェクトの企画立案、開発設計などを担当する企画部のスタッフとして、トーマスランド3Dシアターの立ち上げを担当。上映プログラムの選定、演出の構成から、建物の仕様確定、版権元との調整などを行った。

奥平 麻由  Okudaira Mayu

奥平 麻由
Mayu Okudaira

相模湖リゾート株式会社
(開発当時は宣伝部)
2007年入社

グループ会社の営業戦略の立案、宣伝などを行う部署で、トーマスランド3Dシアターの広報、宣伝を一手に引き受け、オープンまでのプロモーションと版権元との交渉窓口を担当した。

子供たちが大好きなトーマスランドに、さらに新たな魅力を!

絶叫系の印象の強い富士急ハイランドにあって、ファミリー層の支持を獲得している「トーマスランド」。
2010年は、『きかんしゃトーマス』原作出版65周年ということもあり、新たなアトラクションの登場が期待されていた。
その目玉となるのが「トーマスランド3Dシアター」。
世界初のトーマスの3D映像が見られるシアターの企画からオープンに至るまで、プロジェクトチームの人知れぬ努力の跡をたどる。

Concept

3D映像で子供たちに特別な映像体験を贈りたい。

「トーマスランド」内に常設シアターを作るという企画が本格的に動き始めたのは、3D映画が大ヒットするなど、3Dに対する注目が高まっていた2009年の10月頃で、3D映像の方が舞台である「ソドー島」の世界観を迫力ある映像で表現でき、子供たちが飽きないような演出ができると考え、3Dで上映することが決まった。既存の映像を3D化するには、細かい手作業が必要ということでかなりの手間がかかるが、それも覚悟の上での選択。上映する作品は、日本ではまだ公開されたことのない作品を選んだ。

Planning

子供たちの健康に対する安全対策も万全に!

シアターのデザインやディテールは、最終的に決まるまで紆余曲折があったという。イベントスペースとしても使えるようにカーペット敷きにして自由に座れるようにするアイデアや、席数を70席ほどにして周囲にゲームなどを配置しようといったプランも出ていたが、最終的には大勢のお客様に同時にトーマスの3D映像を楽しんでもらいたい!という判断から200席を並べるという通常のシアタースタイルに落ち着いた。また、ソフト面でも難問が浮上した。「小さなお子様がメインというということで、3D映像によるいわゆる”映像酔い”の心配もあり、健康に対する安全対策にも万全を期す必要があり、クリアしなければならない問題は山積でしたが無事完成させることができました」(久保田)

Publicity

Publicity

マニア層の心を鷲掴みにする宣伝活動が功を奏したWeb戦略。

宣伝・広報が本格的に動き始めたのは2010年5月頃で、テレビCMでは、トーマスランドのスケール感を出しながら、新施設の登場感を伝えたいということで、シアターの実写映像も交えることにしたという。しかし、シアターのシーンでは、急遽撮影の3日前にエキストラを入れることが決まり、たった3日で40組の親子連れを集めなくてはならない。「富士急ハイランドの企画部門に依頼し、社員のママ友ネットワークを使ってなんとか集められました。エキストラのお母さんやお子さんがすごく自然ないい表情をしてくれたので、広告効果もあったと実感しています」(奥平)。3D映像の迫力を写真で表現することは難しく、その映像を見た親子の自然なリアクションや表情だけが、映像の迫力と楽しさを伝えられたというわけだ。

Operation

Publicity

観客とMCとの掛け合いに、シアターの成功を確信。

トーマスランド3Dシアターは、アトラクション施設であり、通常の映画館のように、ただ映像を流して終わりではない。子供たちがこの物語の世界に入っていけるような仕掛けも重要。その仕掛けがMCのお姉さんによる客席との掛け合いだ。機関車のトーマスが故障して、それを新米の整備工であるMC役のスタッフが修理する。トーマスの動きに合わせて、掛け合いながらイントロダクションの部分を進行するのだが、新米の整備工は修理道具を出す場面で、浮き輪などを取り出し、子供たちに「違うー!」というようなリアクションを引き出す参加型の演出を行っている。「たまたまスタッフの中に、学生時代に演劇部にいたという女性がいたのでお願いしました。最初は表情も硬かったのですが、子供たちと接する時間が彼女を一流のMCに変えていきました。楽しんでやっているなと感じられた時に、このシアターの完成と成功を実感しましたね」(久保田)。

ゼロから一つの施設を作り上げる、産みの苦しみ。特に3D映像が与える子供たちへの健康被害に関してはナーバスにならざるを得ないところで、どこまでやれば大丈夫という保証がない。「大変だなと思う瞬間もありましたが、子供たちの笑顔を見て、そうした思いも全部吹き飛びましたね。子供たちに夢を与える仕事をしている以上、途中で難題に直面しても、後ろ向きになっちゃだめだな、と思いました。どうやったらいいものができるのか、といった前向きな気持ちを持ち続けないと、こういう仕事をする資格がないなと思いました」と話す久保田さん。夢を与える仕事に全力で立ち向かう仕事人の誇りと自信がみなぎっていた。

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